Woodford Folk Festival 2006-2007 (by yuri)

Woodford Folk Festival 2006-2007

シェンから夏前に「ウッドフォードへの出演が決まったよ!」と興奮気味に連絡がきた当初は、
これほど大きなフェスティバルだとは想像もしていなかった。

ブリスベン近郊でのコンサートで演奏後、「私達は年末にウッドフォードに出演します」
とシェンが言うたび客席がどよめく。
普段の会話の中でその話をすると相手が目を丸くし「それはすごい」という反応をするので、
ずいぶん認知度の高い、大きなフェスティバルなんだ、という感触はあった。
日本で言うと(行ったことないけど)フジロックみたいな感じかなあ、と想像をたくましくする。

・・・ウッドフォード・フォーク・フェスティバルは、その規模、システム、パフォーマンス、全てが私達の想像をはるかに超えていた。

毎年、年末年始に6日間(今年は12月27日朝から1月1日深夜まで)かけて行われる、オーストラリア最大の音楽フェスティバル。
もともとは21年前にマレーニーという街で行われた、小規模のフォークフェスティバルだったらしい。
初回は900人を集めて行われたと資料には書いてある。

そのイベントが年々拡大していき、8年目を迎える頃に入場者数が5万人を超えるようになって、
新しい土地を求めて、Woodfordへ移転することになったそうだ。
ウッドフォードの町はブリスベンの北西、サンシャインコーストの西に位置し、車で45分ほど広大で素晴らしい風景の中を走った場所にある。
昨年の入場者数は13万人。
参加者も出演者もスタッフも、その多くが会場周辺にテントを張ってこのイベントに参加する。
350エーカーの起伏に富む、素晴らしい眺望の土地は、このフェスティバル用に購入されたものだという。

25000人が参加できる丘の斜面を使った特大ステージをはじめ、
300人から2000人規模の大小のステージが10余り。
私達が会期中に4回演奏する予定の「フォークロリカ」は、世界中の民族音楽や民族舞踊のテント。このテントがフェスティバルのルーツであり、肝だとシェンは言うが、アメリカやフランスから招聘された有名アーティストの演奏する野外の巨大ステージも3つほどある。
他にブルーステントや、アボリジニテント、「エンパイヤ」「バザール」という名前のバラエティ豊かなラインナップの並ぶステージに、サーカステントまである。

インド、マレーシア、ロシア、タイ、和食、中華、クルド料理など、世界中の味が楽しめるレストランやスイーツの屋台、衣料品や楽器などのお店が道にはずらりと並ぶ。
パフォーマンスを行う出演者の総数2000人、
ボランティアの数2000人。

お客さんの多くはキャンプサイトに泊まって6日間のフェスティバルを浴びるように楽しむ。
プログラムは朝8時から夜中の2時、3時まで。
路上でも様々なパフォーマンスや突発的なセッションが行われる。

キッズフェスティバルとされる子供たちのためのゾーンや、期間中に彫刻やフェルトなど手作りアートを楽しめるアートコーナーもあった。

初日に出会ったビデオカメラを構えた男性は
私達にいろいろと話しかけてインタビューをした後、
「この一ヶ月、ずっとここに通って、だんだんと会場が作られていく様子を撮影しているんだ」
といっていた。

とてつもない規模だ。とんでもないお祭りだ。という驚きと同時に
なぜ私達はこのフェスティバルのことを、これまで一切知らなかったんだろう
という疑問がわきあがる。テレビや雑誌などで、人のうわさなどで、
少しくらい知識があってもいいようなものだが、
本当に、その存在もまったく知らなかった
オーストラリア最大の音楽フェスティバル。

えらいところに来てしまったようだ。

05-06の様子
http://www.youtube.com/watch?v=OgtTY9oOO08

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Realityこちら(by taro)

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Woodford Folk Festivalは、ブリスベン近郊の山の中で1週間にわたって開催される、オーストラリア最大の音楽祭だ。何もない山の中の広大な土地は、真夏の1週間、10数万人の人々の集まる独立国家となる。
参加者の多くはその間、会場内のキャンプサイトにテントを張って滞在している。

出演者用のキャンプサイトには温水シャワーもある。
リハーサルのできるグリーンルームには仮眠もできるソファもあって快適。出番を控えた出演者が音合わせや練習してる傍らで、いつも誰かが仮眠してる。
フェスティバルの喧噪に疲れると、僕もいつもここに来て寝てました。はっきり言って一番贅沢なステージだったかもしれない。

お祭りは1週間続く。最初の頃に紹介された友達の友達や、キャンプサイトで知り合ったミュージシャン同士も、何度も顔を会わせるうちどんどん仲良くなっていく。初日には普通の人だったおじさんおばさん達が、日に日にヒッピー化していく(笑)
タイパンツ、カラフルなシャツやバッグ。変な帽子。
タトゥーとボディペインティング。

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会場の様子。

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こんな店ばかり

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日が暮れても

 

道端では子供達が思い思いにギターやダルブッカ演奏したり、ジャグリングしたり。前にはしっかり帽子が置いてある。
池のほとりの緑地で練習してるサーカスの人。買ってきた楽器を練習してる人。クリケットする子供達。それを傍目に寝転がる人々。そこかしこの会場から聴こえてくる音楽。そこかしこの店ではじまる突発セッション。
通りには変なパフォーマンス。そして変な服や帽子の人々。
ここは夢の国。1週間だけの独立国家。

 
 
 

Realty

会場出口の看板の上には、「REALITY ↑」って矢印が出てました。

「現実は、こちら」

でも、会場を出てもそこはオーストラリアの田舎町。広い空。広い大地。広い家で静かに優雅に暮らす人達。ぼくらにとってそれはやっぱり非現実。庭で取れた果物や野菜で朝ご飯。聴いたこともない不思議な鳥の声。

ほんとに「REALITYこちら」を意識したのは、フェスティバル終わって荷物まとめて翌朝ブリスベン空港に着いた時かな。ああこれに乗ったら現実だ、という思いが急に押し寄せてきた。
いよいよ現実の世界に帰るんだ。
4週間の夢のような日々が終わり、日本での現実の生活がはじまる。
でも現実ってなんだろう?
日本での僕の現実の生活だって、普通に会社で働いてる人達から見れば全然現実的じゃないよね(笑)
現実はどこだろう。
日本、インド、オーストラリア。
矢印をぐるぐるまわして考えてみる。

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New Year Dawn Concert(by taro)

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1月1日、早朝4時半からのコンサートの様子。
Woodford Folk Festivalも今日がいよいよ最終日。
そして4週間にわたる僕らのオーストラリアツアーの最後の日でもあります。
クライマックスです。



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演奏開始直前。こんな時間帯。
演奏はRaga Nat Bhairav。
2年前の元旦の朝、コルカタで先生に教わったラーガです。

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だんだん空が明るくなってきて

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そして夜明け。2007年の初日の出です!

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その瞬間、拍手喝采!大歓声!
演奏はじまって25分。ちょうどジャーラーで一番盛り上がる頃でした。
「来たー!」って思いましたね。

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でもお客さんみんなあっち向いたまま(笑)
そりゃそうだ。僕らだって演奏してなけりゃそっち見てるよな。
ちなみに日の出はステージ右後方。演奏してる僕らからは見えません。
でも、客席に座ってるみんなの顔が照らされて明るく輝いて、それはそれでとても綺麗でした。

 

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ほどなくしてコンサート終了。見上げれば雲間から差し込む光の祝福。
三々五々に山を下りる人、まだまだ余韻を楽しむ人。
この38年間で一番贅沢な年明けでした。

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taro in festival(by taro)

Woodfordでの僕。
オフステージの写真です。
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変な帽子屋にて

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これを買いました

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店先で記念撮影

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タブラ(ダルブッカ)屋

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店先にて対戦

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店内にて対戦

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ネイにも挑戦(あえなく敗退)

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タスマニアのマートン・タカと。
「Akiはいつタスマニアに来るんだ?」

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サイン会もありました

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Taro Milkやってます。
タロイモシェイクwithタピオカ。紫色だったよ(笑)

 
 

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まあ元気出せよ。。

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Movie集(by yuri)

ムービー集です。画像をクリックすると、動画のダウンロードを始めます。

ブリスベンのコー・ヨガスタジオでのライブの様子。

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Tenzinさん+たろう+シェンによるセッション。
リラックスムードです(46.6Mb)

以下、Woodford Folk Festival会場にて。

ウッドフォードの会場を巡回していたFeet Bus。
「Feet Bus乗り場」なる停留所も何箇所かありました。(2.67Mb)
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出発するときや、バックするときはひと騒動。

このパフォーマンスも楽しかった!ジャンクでファンクなチンドン屋?(1.56Mb)
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会場内を行進しているときには(自分達のステージがあったりで)残念ながら遭遇できず、
バックヤードで音出し中の映像です。

チャイテントの即席セッション。
Tenzinさん+たろう+シェンとギターの人。
お客さんが踊る踊る。どんどん開放されていきます。
ムービーではステージの演奏者はほとんど見えません(笑)(4.2Mb)
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同じくチャイテントにて。
シドニー在住のタブラ奏者ボビー・シン(ファルカバード・ガラナ)と
シェン(バラナシ・ガラナ)のタブラソロのラハラをやりました。
映像は、ボビー・シンのタブラソロ部分です。(7.22Mb)

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たくさんステージを見ましたが、CDまで買っちゃったのがこの
ストリングスマン・サシ。JAZZボーカルの女性の声が、すごく素敵。
今年来日するそう。楽しみ!(8.81Mb)

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アフリカのアジャク・クワイ この人の声もしびれました。(1.66Mb)

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動画はありませんが、ハーブ・ジョンソン・アームストロングさんも特筆。
じいちゃんそっくりのギョロ目で大迫力の低音で歌ってくれました。
ニューオーリンズ好きの私、グリーンルームでくつろいでいるところ話かけてみると、2年前からオーストラリア在住とか。東京のコットンクラブに出たいから、連絡してくれといわれた。(おいおい、インド人じゃないんだから・・・)
でも、コットンクラブで、ルイ・アームストロングの孫のステージ・・・見てみたいぞ。

あと、野外ステージで見たケイト・ミラーという女性歌手がすごかった。ブロンドのキュートな美人で、オーストラリアでいうアイドルのような存在らしいのだけど、オペラを勉強していたらしく、とんでもない高音と、コケティッシュな声を自在に駆使していた。ダークでユニークなメロディラインにノックアウトされました。アイドルにしてはレベルが高すぎるよ、ホント。

他に印象に残ったのは、椅子の上にあぐらをかいて、黙々と演奏するアメリカの天才ギター少女KAKI KING。ずーとああやって、ギターを弾いてきたんだろうなあ。子供の頃から勉強部屋で。

サーカステントでみたTomTomClub。打楽器とボイスパーカッションと肉体の超絶パフォーマンス。笑うしかなかった。何なんだこの人達は。

サンプリングマシンでがんがんに踊るグルーブを生み出していたのは、That 1 guy 。
テクニック的には今沢カゲロウさんのほうがずっとすごいと思うけど、大人気だったねえ。

他にも、名前はおさえきらなかったけど、ごきげんなステージが山盛りでした。

フォークロリカの数々の民族音楽、民族舞踊ステージも、本当に楽しめた。
アイリッシュ、中近東の音楽、バリ舞踊、アフリカ音楽、和太鼓、見たステージ全てを挙げられないけれど、どれも素晴らしかった。
コーディネートする人の音楽への愛情と感性に脱帽です。

おまけ
マレーニーにある、リズとバーリーの家のそばで見かけた鳥。
不思議な鳴き声。

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美しい出来事の記憶 (by yuri)

ウッドフォードのイベントで、忘れられない出来事はたくさんあった。

たとえば、新年を迎える30分前に経験した、奇跡の180秒。
何万人の人の喧騒と大きなステージの発する低音のうなりに満ちた
真夜中のフェスティバル会場。
渡されたろうそくを手に、人々の輪に加わる。会場中に無数の輪ができる。
新しい年を迎える期待と興奮で、にぎわうその会場に、
静かに、しかし凛とした存在感を持って、鐘の音が鳴り響く。
波が引くように、会場が沈黙に包まれていく。
残されるのは、ろうそくの光と虫の声のみ。
沈黙と沈黙が溶け合い、数万人がひとつになる。
奇跡の3分間。

もうひとつ、留めておきたい記憶。
フォークロリカのテントに横に、お気に入りの屋台があった。
薄く延ばした小麦粉の生地に、ほうれん草とチーズとミンチ肉をはさんで
たっぷりの脂で焼いたすごくシンプルな屋台料理。

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多分中近東の料理。最高においしいんだけど、うまく読めないから名前が覚えられない。
あまりにおいしくて、会期中、4回も食べたのに(笑)
仏頂面で調理しているおばちゃんたちも、異国の言葉を話している。

ある日、フォークロリカでクルド音楽の演奏が行われていた。
直前までステージで踊っていた華やかな民族衣装をまとったダンサーさんたちが、
出番を終え衣装のまま客席で見ていた。音楽が次第に盛り上がってくると、
民族衣装の彼女達は家族とともに、ステージ前のダンススペースに躍り出た。
手をつないで踊る、シンプルな足踏みダンス。
お客さんも続々飛び入りする。次第に輪が大きくなる。
「あ!」
あの屋台のおばちゃんたちが、エプロンをしたまま、輪の中に飛び込んできた。
ああ、この国の人達だったんだ。
懐かしい自分達の国の音楽を聴いて、
我慢できなくて飛び込んできたんだろう。
それにしても、なんて嬉しそうな。なんて生き生きと。
まん丸な体で、夢中で踊っている。

きっと内戦から逃れて祖国を出てきた人々。
言葉の不自由な異国の地で、
どんな思いで生きてきたんだろう。
なんて・・・、なんてフェスティバル。
踊るおばちゃん達から目がはなせない。

ダンスが終わる。おばちゃんたちは何ごともなかったかのように屋台に戻り
無表情に調理を始めた。

大男のオージーが目にいっぱい涙をためて、
「ハッピー、クリスマス」といって太郎と私をハグしてくれた。
ハッピークリスマス。太郎も泣いていた。
おばちゃんたちに幸いあれ・・・。

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フェスティバルのこと(by yuri)

ウッドフォード・フェスティバル。
私達が体験したこのお祭りは、エコロジカルでオーガニックでオルタナティブでシャンティな雰囲気に満ちていて
この規模のフェスティバルにして、不思議なほどに手作りのあたたかさが、あふれていた。

大人も子供も、近隣の農家の人たちも都会の演奏者達も
ヒッピーファミリーも高校生達も、思い思いにお気に入りの空間を見つけて音楽を楽しみ、木陰で寝転び、再会とおしゃべりをくりかえし、手作りアートや世界の楽器に親しむ。
瞑想グッズや、マッサージのお店、ヨガやヒーリングのお店なども多く、
漢字の看板が目立つのはご愛嬌。でも、日本人は数えるほどしかいない。

会場はオーストラリアの豊かな自然をそのまま生かしているから、
雨が降れば泥だらけ、マディーな大地で、若い女性たちが裸足で踊りだす。
キャンプサイトや駐車場に快適な木陰を何年かがかりで用意すべく、
毎年何千本かずつ植樹が行われているという。サスティナブルなフェスティバルをめざし
その募金を呼びかける、グリーン活動の人々。

一方で、丘の斜面を利用した大きな野外ステージには、巨大なスクリーンが2台も立って、肉眼では豆粒ほどにしか見えない演奏者を大写しにしているし、
音響エンジニアの実力は、どんなフェスティバルにも見劣りしない。
巨大テントを設営するための重機や、24時間フル稼働の下水処理システム、
200ページ以上のオフィシャルパンフレットなど、インフラのしっかりしていること。

ステージの運営や司会、出演者のアテンドなどは、
ボランティアの人々で行われている。看板も手作り。
オープニングセレモニーやエンディングセレモニーは巨大な学芸会のノリで
電飾やレーザーショーでは決して演出できない、ほのぼのとした感動を生み出す。
何百人ものランタンを持った人々が、ゆっくりと坂の上から歩いてくる。
何百人ものファイヤーダンサーたちが闇の中で踊り狂う。
トイレに貼ってあった「ファイヤーダンサー求む」の張り紙はこれだったのね。
ダンサーもボランティアも、足らなくなれば現地調達!

こんなイベント、日本にあるかな。日本でできないかしら。
好きな人は多そうだけどなあ。
最初はそんなことを考えていたけれど、ふと気がついた。
これは、オーストラリアというマルチカルチュラルの国ならではのお祭りだ。
世界中から移り住んできた人々がいて、
その中にはたくさんの芸術家もいて、この土地で、互いの文化を尊重しつつ共存していく。

たとえば、インド音楽なら、もっとすごい演奏者はたくさんいるし
出たいという演奏者も多いだろう。
でもフォークロリカテントに、オーストラリア以外の国から
プロの演奏者を連れてくることは、このフェスティバルにとって余り意味がないのだろう。

フォーク・フェスティバルの、「フォーク」は、もともとは、オーストラリアの民族芸能、つまりアボリジニの人々の文化・芸能を見直すところから始まったらしい。今でも、会場にはアボリジニ・ステージがある。
そこでは会期中、伝統的なアボリジナル・ダンスから、現代っ子アボリジニによるバンドやクラブDJ、コメディなどもが演じられる。

そこからオーストラリア在住の様々な国の人々による民族音楽や民族舞踊へ、さらに次第にイベントが巨大化して、現在のようにアメリカやフランスからのミュージシャンを含めた大規模な音楽フェスティバルへと発展していったらしい。

面白いなと感じたこと。
この規模のイベントともなれば、
大いに目立つはずの大企業の看板が、見事にみあたらない。
ステージやパンフレットにスポンサー広告もないし、
少しでも自社の看板や商品を目立たせようとする
意地汚いマーケティングもほとんどない。
国や州のサポートが大きいようだけど
オーストラリア企業のサポートがないわけじゃないらしい。
帰国後WEBで、大きな石油会社が土地の購入に際して
バックアップしていたという新聞記事も読んだ。
なのに、なんで、企業看板をほとんど見なかったんだろう。
潔いというか、たいしたもんだなあ。

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シェンのツアー記録

シェンもツアーの記録をアップしてくれました。
私達のブログは実際の記録としてはほとんど役立たずなので(笑)、
ぜひシェンの記録とあわせてご覧ください。
http://shenflindell.blogspot.com/2007/01/dec-2006-taro-in-oz.html

ちなみに、英語の苦手な私は、この↓翻訳ページを使って読みました!
http://honyaku.yahoo.co.jp/url
なんて便利なんだ・・・。

シェンも書いてくれたように、今年の年末もオーストラリアにいくことになりました。
Woodfordでは2年ルールというのがあって、多くのミュージシャンにチャンスを提供するため、同じミュージシャンは2年続けて出演できないらしいのですが、
フォークロリカのマネージャー、シムさんが演奏直後に「ぜひ来年も出てほしい。」とじきじきに申し出てくださったのです。
「え?2年ルールは?」ときく太郎に、「君だから、特別。」と笑うシムさん。
「ギャラは倍にするから」
ええっ?
いや、もう、続けて出演してくれといわれただけで名誉なんですけど、ほんまですか・・・。

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今回、初日の出をのぞむHilltopの最高のステージに、全てのミュージシャンの中からたろうさんを采配してくれたのも実はこのシムさん。
「実際会ったこともない日本人なのに、なんでまたこんな大きなステージを僕に任せようと思ったんですか?」
Hilltopの演奏の後でシムさんに太郎が聞くと、こんな風に答えてくれた。
「シェンから話は聞いていたし、きみのCDも聴いた。それで間違いないと確信していたんだ。本当に、このステージで君に演奏してもらって、間違いなかった。僕は本当に嬉しいよ」

私も嬉しいよ・・・。たろうさんがこれまでやってきたことは、間違いじゃなかった。
たろうさんがやってきた音楽は、バッチューさん(Amit Roy)から受け取ってきた音楽。
太郎を認めてもらうということは、師匠であるバッチューさんの音楽を認めてもらうということ。
これですこしはバッチューさんに恩返しができたのかしら。

シェンは、来年のWoodfordに、たろうとのインド古典のステージ以外にも
Tenzinさん、シェン、たろう、ギターのユニットでのエントリーも計画しているみたい。
そうなると、今回以上に忙しくなるね。

2008年のツアーの計画も勃発しており、
英語、勉強しようね、しなきゃね、と夫婦でかたく決心中。

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